山田祥平のRe:config.sys

Happy Hacking、iOS 20、Android Z

 PFUのHappy Hacking KeyboadのBluetoothモデルが登場した。秀逸な打鍵感で定評のある高級キーボードが、いよいよこの領域に踏み込む。今回は、そのインプレッションとともに、PCを操作する道具としてのキーボードについて考えてみる。

ラストゼロミリを支えるキーボード

 以前、歳末の時期に、古い友人からSOSの連絡があった。話を聞くと、いつも使っているノートPCで年賀状を作ろうとしたら、キーボードがまったく入力を受け付けないようなのだ。このままでは年賀状が出せない、どうしようというのが相談の内容だ。電話の向こうで蒼白になっている様子が伝わってくる。PCを修理に出している時間の余裕はないし、今から新しいPCを買っても、年賀状データは壊れたPCの中、さあどうしようという感じだ。もう思考回路は「キーボードが使えない=PCが壊れた」なのだ。このコラムを読んでくださっている読者の方にしてみれば鼻で笑ってしまいそうな状況だが、あくまでも本人は真剣だ。

 とりあえず、タッチパッドやマウスで操作ができるかを訊いてみると、うまくいくらしい。パスワードも設定していないような状況だから、データのコピーくらいは簡単にできる。そのことを教えた上で、とにかく量販店でキーボードを買ってきて繋いでみるように提案した。1,000円も出せば普通に使えるキーボードが買えるから、応急処置で年賀状作業だけをやるならそれで十分だと説明して電話を切った。

 以来、連絡はなかったので、たぶんそれでうまくいったのだろう。当然向こうはエッ、そんなことができるの? エッ、1,000円? という感想を持ったようだった。PCがタッチ操作で使えるようになる、ずっと前の話だ。

 1,000円でキーボードが買える。どうもこれは普通の人にとってはコペルニクス的な展開らしい。その一方で、例えばぼくは、日常の仕事場では15,000円のキーボードを使っている。東プレの「Realforce108UH」だ。2007年にPS2版を置き換えるためにUSB版を買ったのだが、当時はもっと高かったような気がする。今は生産終了になっているPS2版と異なるタッチフィーリングで最初はちょっととまどった記憶があるが、もうすっかり慣れてしまった。まあ、10年近く使って特に問題は出ていないし、まだまだ使えそうだから、元は十分に取ったと考えていい。モノカキ(モノタタキ)が日常の仕事道具に投資する額として15,000円は決して高くないし、長く使える周辺機器としても納得のいく価格だ。万年筆で相応するフィーリングを得ようとしたら10万円を下ることはないだろう。

満を持して登場したワイヤレスHHK

 さて、そのRealforceと並び、日本の外付けキーボードの頂点に君臨するのがPFUのHappy Hacking Keyboardだ。今回発表されたBluetooth版は、現行製品のProfessional2、Professional JPのインターフェイスをBluetooth 3.0に変更したものだ(HHKB Professional BTの製品ページ)。

 既に予約が開始されていて、現時点では今週中に申し込めば、4月25日に届くように出荷されるということだ(予約販売ページ)。価格は29,700円となっている。

 その打鍵感のフィーリングについては、もう崇高な領域での話となるので、ここで深くは言及しない。極上だからこそ根強いファンがいる。

 今回のワイヤレス化では、本体後部に出っ張るチューブ状のモジュールが装備され、そこに各種の回路が実装され、単3乾電池2本が格納できるようになっている。充電できるリチウムイオンバッテリを使うこともできたとは思うが、緊急時の入手性を考慮した電源確保と思われる。さらに、それとは別にMicro USB端子が装備され、スマートフォンのモバイルバッテリなどで給電ができるようになっている。もちろんPCのUSB端子でも大丈夫だ。

 ただし、PCと繋いだところで、電源が供給されるだけで、キーボードを叩いての入力はできない。さすがにここはなんとかならなかったものかと思う。Blutoothのペアリングが意図せずに解除されてしまうこともあるだろうし、大規模なカンファレンス会場などでは、ペアリングしようとするとスクロールしてもしても見つからないくらいにデバイスが検索されるような環境もある。そんな場所では例え自分のキーボードを見つけたところでうまくペアリングできないことも少なくない。安定性でも不安が残る。だから有線でも接続できるというのは重要なポイントなのだ。もちろん、ペアリングするまでもない一時的な接続のためにも有線接続はサポートして欲しかった。

 Bluetoothはマルチペアリングに対応し、最大4台の機器を記憶する。ただし、任意の機器に切り替えられるわけではなく、再ペアリングが不要というだけだ。ここはやっぱり切り替えの仕組みを用意して欲しかったところだ。

 ベースとなっているのは現行製品のProfessional2、Professional JPだが、これらの製品にはType-Sという派生モデルがある。これは、キーの内部構造を再設計し、打鍵音を30%軽減したものだ。これも好みといってしまうと元も子もないが、こちらのファンも多いので、どうせBluetooth対応するなら、こちらをベースにして欲しかったという声もあるはずだ。そのくらいのわがままを言えるくらいの領域だということだ。

 Type-S仕様にすると価格的に3万円を超えてしまうようで断念したのかもしれない。ちなみに今回のBluetooth版は、Type-Sと同等価格なので、Type-SとBluetoothの付加価値がほぼ同じ価格ということになる。だとすれば、34,800円。この価格をキーボードに投資できるかどうかだ。

 逆に、従来モデルに簡単に取り付けられるBluetoothアダプタを付けられなかったのかという声もあるに違いない。従来モデルは本体にUSB Mini-Bメス端子を持っていて、ここに接続するケーブルでPCなどと接続するが、そこに装着できるBluetoothアダプタがあれば万事が解決する。とは言え、USBのインターフェイスをBluetoothに変換するデバイスは、ザッと調べてみても電子キットレベルのものが見つかるくらいでほとんど製品化されていない。以前、MicrosoftのSurfaceが、オプションとして、タイプキーボードカバーやタッチキーボードカバーに装着してBluetooth化できるアダプタを用意していたが、なぜか日本で発売される前に絶版になってしまったところをみると、いろいろとクリアしなければならない技術的な課題がたくさんあるのかもしれない。

【4月18日編集部追記】PFUのオンラインショップでは、USB接続のHappy Hacking KeyboardをBluetooth化するためのアクセサリ「EneBRICK HHKB Edition」が販売されています。

 完全に好みの問題だと思うが、個人的には、筐体色がスノーホワイトでキートップの刻印もくっきり見えるタイプがあってもよかったとも思う。要するにわがままが尽きない。

文字入力の原点はキーボード依存

 とまあ、厳しいことをいろいろ書いたが、逆に言うとそのくらいしか弱点が見つからないということだ。特に、今、Happy Hacking Keyboardを愛用していて、それをワイヤレスで使いたいユーザーにとっては価格についても納得できるだろうし、まさに待ち焦がれていたという方も少なくないはずだ。

 PFUがこうしたデバイスを提供しようという気になったのは、やはり、iPadなどのモバイルタブレットデバイスの多くがいつもキーボードとペアで使われていて、PCを置き換えるとか置き換えないとかといった議論の対象となっているところに着目したからだろう。実は、問題はスマートデバイス側ではないということを主張したかったのかもしれない。

 モバイル機器では、軽量化、コンパクト化のために、どうしても入力系の環境が貧弱なものになってしまう。iPadやiPhoneで大量の文字入力ができるはずがないと思いがちだが、まともなキーボードさえ接続すれば、何の不自由もなく文字は入力できるのだ。もちろんIMEが貧弱とか、エディタのパーソナライズといった問題はあるかもしれないが、そこをうまく解決できればモバイル系のOS環境でも、入力について不満を感じることはなくなる。少なくともぼくはこのキーボードがあれば、4型画面の小さなスマートフォンでだってストレスなく長い原稿が書けるだろうし、インタビューや記者会見でのメモ取りは、もっと効率的なものになると思う。測ったわけではないが、数割は高速にタイプできるからだ。

 昨今のノートPCのキーボードや、タブレットに外付けすることを前提に開発されたカバータイプのキーボードは、そのことごとくがアイソレーションタイプのもので、キーストロークも浅い。それに慣れきってしまうと、Happy Hacking Keyboardのような正統派のキーボードを叩くと最初は疲れるイメージを持つかもしれない。何しろ一般的なアイソレーションタイプのキーストロークは2mmを下回るが、このキーボードはその倍近いストロークを持つのだ。

 でも、大量に文字を入力していくと、ノートPCのキーボードを叩いている時よりも圧倒的にミスタイプが少ないことに気が付き、そして、本当はこちらが本流なのだなということを実感するだろう。多くの同業者が本拠地での作業においてもノートPCを使っているのを横目に、ぼくは未だに自室では自作デスクトップだ。複数の大きなディスプレイと打ちやすいキーボード、扱いやすいマウスは手放せない。モバイルデバイスがあれば、いつでもどこでも仕事ができるとは言え、自室での作業がもっとも効率がいいのはそのためだ。

 もちろん、入力環境さえ整えられればiOSやAndroidタブレットがPCを置き換えることになるだろうといった議論は別物だ。だが、いわゆるHID(Human Interface Device)、PCを含む今のスマートデバイスで言うなら、キーボードとポインティングデバイスとしてのタッチ画面、タッチパッド、マウスなどは、デバイスとの対話のために重要や役割を果たす。その重要なデバイスを決しておろそかにしてはならない。Microsoftが言うように、プラットフォームとしての会話は、今後のパーソナルコンピューティングにとって極めて重要な要素となる。そのための手段については、音声やジェスチャーを含めてまだまだ考えなければならないだろう。

 500gをちょっと超える重量級のコンパクトキーボード。モバイルデバイスとして持ち出すのはちょっとためらってしまう重量だが、本気でiPadなどのタブレットを生産の道具として使おうと思っているのなら、ぜひ、こういうキーボードを試してみて欲しい。きっとスマートであることの既成概念がひっくり返るに違いない。たぶん、iOS 20、Android Z くらいまでは平気で使えるだろうから、安い買い物だと思うよ。

(山田 祥平)