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第73回 : Intelモバイル戦略への期待と不安



 低消費電力によるメリットを受けたいと考えるユーザーは、Intelに期待していいのだろうか? 少なくともMICROPROCESSOR FORUM 2000を巡って流れたニュースは、この分野に関して期待を持てる内容だった。しかし、先週行なわれたWORLD PC EXPO 2000のために来日したパット・ゲルシンガー氏の話は、再び僕を混乱に陥れている。果たして彼らは、ワールドワイドで見れば極少数派である低消費電力マニアの期待に応えるつもりがあるのだろうか?


● 論点の整理

 Transmetaの登場と躍進、Intelのモバイル戦略強化など、今年は年初から様々なニュースが飛び交った。特にここ数カ月は、実に多くの情報が出てきている。今一度、彼らの主張を整理してみることにしたい。
 Transmetaは省電力にフォーカスしたx86互換プロセッサのCrusoeを1月に発表した。当初は「本当に顧客(PCベンダ)を見つけることができるのか?」という疑いの声も強かったが、6月にニューヨークで開催されたPC EXPO 2000で日本の顧客を捕まえていることを示し、そして夏から秋にかけてソニー、日立、NEC、富士通といった大手からCrusoe採用製品が発表されたのは皆さんご存じの通り。

 Transmetaは低消費電力プロセッサを、将来大きな市場が見込めるインターネット専用機の市場へ売り込んでいるが、一方でWindowsノートPC用にもチップを開発。彼らの主張は、プロセッサコアと2次キャッシュ、ノースブリッジの合計TDP(熱設計電力)が6W以下なら空冷ファンなしでノートPCを設計できるというもの。
 わかりやすい平均消費電力の引き下げとバッテリ寿命に関してもプロモートを行なっているが、直接Transmetaの幹部と話をしてみると、TDP引き下げによるファンレス構造と筐体の小型化を強く意識していることがわかる。その上で、今後すべてのCrusoeは6W以下のTDPを実現し、来年以降はさらに引き下げていくとしている。

 一方、Intelは平均消費電力の低さを強く前面に押し出す。低電圧版モバイルPentium IIIは1Wを切る平均消費電力を実現しており、ハイパフォーマンスとバッテリ寿命の両立を実現しているという主張だ。実際、Intelは500mWまで消費電力を下げるQuickStartモードや他社が真似できない1.1Vでの動作などにより、Crusoeよりも遙かに複雑なプロセッサで低消費電力を実現している。
 しかしIntelをしても、CPUコアの規模がCrusoeの3倍もあるモバイルPentium IIIのTDPを下げるのはとても難しいことだ。駆動電圧を最適制御することでTDPを下げるIMVPといった技術を採用しているものの、最もTDPの低いモバイルPentium III 600MHzでも10Wを越えてしまう。Intelは冷却技術が進歩しているから、それでも問題はないとしてきた。それよりもクロック周波数を上げることの方が、Intelにとってはずっと重要なことだったのだ。
 つまり、Transmetaはプロセッサパワーに関してセンシティブではないユーザー層を狙い、TDPを下げて小型かつファンレスの製品を作りやすい環境を提案。Intelは定期的にプロセッサパワーを向上させていく中で、TDPが増えてしまうのはしかたがない。その代わり、その時点でベストのパフォーマンスを提供しながらバッテリ寿命に関しても伸ばす努力をしましょうと提案しているわけだ。


● Intel、モバイルプロセッサラインナップの不思議

 その後、IntelがMICROPROCESSOR FORUM 2000で省電力プロセッサに関する発表を行なった。この件については、後藤弘茂氏のレポートにある通り。ポイントはいくつかある。

 この4つが重要な部分だ。現在、TDPで2W程度と言われるチップセット分の消費電力について、Intelは何もアナウンスをしていないが、これに加えて来年導入が予定されている0.13μmプロセスによるダイサイズの縮小が加われば、Transmetaにも十分対抗できるものになるかもしれない。

 これまでのIntel製低電圧プロセッサの問題点は、大きく分けて3つあった。ひとつは低電圧版(=低消費電力版)プロセッサをリリースはするものの、パフォーマンスと消費電力のバランスから、今ひとつ魅力的ではなく、また年間を通しての明確なロードマップが存在しなかったこと。もうひとつはTDPの上限を設定していなかったこと。最後にクロック比で価格が高すぎたことだ (以前にこの連載で話したように、これはIntel自身が戦ってきたクロック周波数競争の影響が大きい)。

 IntelがMICROPROCESSOR FORUM 2000で約束したことを、すべて実行することができれば、これらの問題はクリアされ、Crusoeとの競争の中で新しいPCを生み出す原動力になるだろう。これはとてもすばらしいことだ。
 しかし、低消費電力プロセッサの話になると言われゲルシンガーの講演に行ってみると、そこでのパット・ゲルシンガー氏は従来のIntel戦略を踏襲するプレゼンテーションを行なっただけだった。内容の乏しさに落胆した、というのが正直なところである。
 特に気になったのは、ノートPC市場をフルサイズ、薄型A4、ミニノート、サブノートといったフォームファクタで分割してロードマップを説明しているにも関わらず、それに対応するプロセッサを、それぞれ平均消費電力の違いによって位置づけていることだ。ずっとこの連載を読んでいただいている方はよくご存じの事と思うが、平均消費電力はフォームファクタとは関係がない。ここではTDPが関係するのだ。
 そもそも、ユーザーニーズが多様化し、それにともなってPCベンダもユーザー自身も様々な使い方を提案してきている昨今にあって、フォームファクタで市場を分けること自体が、意味をなさなくなってきているのかもしれない。

 つい先日までデスクトップPCのマーケティングを担当してきたゲルシンガー氏だけに、単純に急展開しているIntelのモバイル戦略と先週の氏の話がリンクしていないだけなのかもしれないが、トップのコンセンサスが十分に取れていないことに、一抹の不安を感じざるを得ない。低消費電力プロセッサの分野で、Intelは一枚岩のマーケティング戦略を貫くことができるのだろうか?

□関連記事
【10月11日】後藤弘茂のWeekly海外ニュース
Intelが超低電圧Pentium IIIを技術発表、モバイルに特化したCPUを開発へ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20001011/kaigai01.htm
【10月20日】Intel副社長 パトリック・ゲルシンガー氏、基調講演&プレスミーティング
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20001020/wpe14.htm


● アプライアンスとPCの融合へ

NEC LaVie MX
 フォームファクタだけでは市場をパーティションできなくなった後、どうなっていくのか。それはユーザーの多様性に対し常に対応しづつけてきた家電機器ベンダが、従来の携帯型ノートPCとは異なる市場を創出する時代になるのではないか、と思っている (少し偉そうな言い回しになってしまったが、思っているだけだから単なる推測と捉えて欲しい)。
 今までのノートPCにはない情報アプライアンスのようなフットワークと手軽さ。アプライアンスにはないPCならではの自由。この2つをどのようにミックスさせ、ワイヤレスなどの技術をどう織り込みながら、ユーザーニーズを汲み上げる努力が新しい製品を生み出すに違いない。

 ちょっと理想論に過ぎるかもしれないが、そんな考えを胸にゲルシンガー氏のプレゼンテーションが行なわれた前々日、Transmeta副社長のチャップマン氏、NECでLaVie MXの製品開発に携わった井関氏、斎木氏とブリーフィングを行なう機会を得た。この話は、また来週お伝えしたい。

□関連記事
【10月17日】NEC、バッテリ駆動11時間のCrusoeノート
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20001017/nec.htm

[Text by 本田雅一]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当pc-watch-info@impress.co.jp