第334回
富士通がFMV Qシリーズに込めた“製造者としての魂”



 前回の連載記事において、インテルのマリノウスキー氏が12カ月以内に200gを切ると話したとお伝えしたが、以下のようにインテル側から「それは誤解である」との連絡をいただいた。

>>> 「200gのUMPCはいつ出るのか? 」というご質問に対し、「12カ月以内に要件を満たす製品が出ます」とお答えをしました。
>>> お伝えしたかったのは、「UMPCに最適化された最初の製品が12カ月以内に登場します」ということで、その時点でUMPCの重量目標である200gの製品が登場するかはまだわかりません。

 従って“200gという目標値”は存在するものの、それが1年以内に実現できる見通しというわけではないという。筆者も200gという実現が非常に難しい数字に対しての配慮が欠けたと反省している。お詫びして訂正したい。



「LIFEBOOK Q」シリーズ

 さて、今回のテーマはUMPCほど小型ではないが、薄さの面では最近に見ないほど真剣に取り組んだ製品について。製品そのものについてだけではなく、その製品が生まれてきた背景を含めて取材をした。富士通が発表したFMV-Q8220がそれだが、驚くのはスペックだけではない。その背景には実に富士通らしさがタップリと詰まっている。

 コンシューマローエンド機から、大型液晶テレビ一体型まで、コンシューマ機から企業向けまで、そしてPCから大型汎用機まで。幅広いコンピュータ製品を発売していることもあってか、富士通に対して“保守的な製品を発売する会社”というイメージを抱いている人も多いのではないだろうか。

 しかし実際に製品を作っている人々に会ってみると、これが実にユニーク。中でもモバイル製品を担当している開発部隊は、小さいPCとPCを小さくすること、ほかとは違うPCを作ることが“大好き”という人たちが多い。

 そのためか、発売する製品を絞り込んでいる日本以外の市場において、富士通のブランドはジェネラルなメインストリームPCのメーカーとしては認知されておらず、ノートPCに関しては“携帯性の高いユニークな小型軽量機”のブランドとして知られているほどだ。

 今回のFMV Qシリーズも、欧州・富士通シーメンスからの提案を受けて、日本で企画・開発されたもの。なるほど、確かに“薄くて軽い”ノートPCだが、しかし話を聞いていると、表からはわからないさまざまなコダワリが随所にあった。

●重さ1kg、厚さ2cmを切る薄型・軽量機

 鞄の中への収まり、キーボードの使いやすさ、画面の見やすさなどを考えれば、底面積を小さくするよりも、薄型で軽量なノートPCの方が携帯性に優れている。これは誰もが思うことだろう。しかし、薄く軽量なPCを実用的なスペックで作るのは非常に難しい。

 かつては三菱電機のPedion、比較的最近ではシャープのMuramasaなどが、その難しいテーマに挑戦してきているが、それぞれいくつかの問題を抱え、市場では受け入れられることがなかった。

 ノートPCを構成する主要コンポーネントは、それぞれ高さが異なる。高さが異なる要素を効率的に組み合わせ、軽量化するにはある程度厚みを持たせ、部品を重ねた方が有利だ。また薄型筐体に強度を持たせようとすれば、自ずと外装部品が重くなってしまう。

液晶パネル部合わせてトータル2cmを切る薄型の筐体。LenovoのX60sも十分 に薄型だが、こうして比べるとさらに薄さが際立つ
本体側面
本体を閉じたところ キーボードはカーソルキーの配置が異なるものの、サイズやタッチはLOOX Tシ リーズとほぼ同じ

 富士通のFMV Qシリーズの重さは約985g。厚みは18.2~19.9mmと、一部分だけが薄いくさび形ではなく、全体がほぼ均一な一枚板のようなデザインを採用している。当然、コンポーネントを重ねて配置する余裕はない。

 パフォーマンスに目を向けると、プロセッサのIntel Core Solo U1400(超低電圧版1.2GHz)を採用。名前の通りシングルコアだが、Dothanの1.2GHzよりは高速に動作するという。HDDは当然1.8インチで、20~60GBの中からBTOで選択可能。HDDの交換は、専用のふたを外すことで簡単に行なえるが、1.8インチドライブの入手製が低いことを考えると、80GBモデルの設定も欲しかったところだ。

 さて、本機が薄型化を行なう上で失っているトレードオフは何だろうか? ディスク容量を重視するユーザーにとっては1.8インチドライブもその1つになるだろうが、もっとも大きな制限はメモリ増設が不可能な点にある。20mmを切る薄型筐体では、SO-DIMMスロットを配置するだけのスペースが物理的に不足するからだ。

 しかし、この点はマザーボードのデザインを工夫し、回路に必要な基板面積を縮小することで最大1GBまでのメモリを貼り付けることが可能な設計とし、ある程度は回避できている。本機の標準搭載メモリは512MBだが、オーダー時に1GBへと増やすことも可能だ。

 このほか12.1型1,280×800ドットのLEDバックライト液晶パネル、LOOX Tシリーズと共通のタッチに設定したという18mmピッチキーボード(カーソルキー部分のみ配置が異なる)といった構成。組み合わされるバッテリは3サイズで、もっとも薄い標準バッテリ以外は、本体底面から少しばかり下方向にバッテリパックが出っ張る形となる。

 このあたりはスペック表や写真を見ていただきたい。

筐体下側はバッテリ以外、ほぼ全面を不織布で覆い、膝の上で利用した際の快適 性を確保。左下はHDDスロット、右下はExpressCardスロットの窓がある。 日本向けモデルではExpressCardは利用されていない 左のリチウムポリマーバッテリが標準。スペックでは2時間の連続稼働となって いるが、現実的な線としては1.5時間といったところ。中央が角形セル、右端が 一般的な18650型の丸形セルを用いたバッテリパック
標準バッテリ装着時 角形セルを採用したバッテリパック(M)はスペック値で5.5時間のバッテリ駆動時間 を実現しつつ、比較的スマートに収まる バッテリパック(L)装着時

 マシンそのものの性能や機能は、スペックなどから想像することができるはずだ。しかし、個人的にはむしろ、スペックや製品に簡単に触れただけではわからない部分に興味を抱いた。FMV Qシリーズは、設計しにくく、製造しにくい製品だ。コスト下げ圧力の強い中では、商品の企画そのものを成立させにくい。そうした状況下で今回の製品を開発した、企画できた富士通というメーカーの姿勢に興味を持った。

●エグゼクティブ向けのWAN通信機能内蔵ノート

 では、この製品が生まれてきた背景を、富士通のモバイルノートPC開発部門トップであるパーソナルビジネス本部 本部長代理の五十嵐一浩氏を中心に話を伺った。

 このほか実際の開発現場から、FMV Qシリーズの開発リーダーで回路設計を担当した栗林健氏、機構部・外装・基板設計を行なった田中亘氏、製品開発全体を管理している遠山賢治氏にも同席していただき、コメントをもらっている。

富士通 川崎事業所 写真左から栗林氏、田中氏、五十嵐氏、遠山氏

-- モバイル機はユーザーごとに異なるニーズがあり、メインストリームの製品に比べると出荷量も少なく、高コストになりがちです。その中で、富士通は今回のFMV Qシリーズに加え、LOOX TシリーズやLOOX Pシリーズ、それにかつてのLOOX Sシリーズなど、モバイル用途に特化した製品を企画・商品化してきました。こうした製品を商品化できる背景について教えていただけますか?

 「確かに日本市場だけを見れば、そのように感じるかもしれません。ビジネス面を考えても、日本だけでは利益は出しにくい。日本で出荷されている富士通のノートPCのうち、モバイル機(BIBLO MG以下のサイズ)の割合は20%ほどしかありません。市場の構成比率もこれに近いはずです。しかし海外での富士通製PCは、モバイル色が非常に強いのです。むしろ小型・軽量のバッテリ駆動で使うPCの性能やスペック、品質が高いところが評価され、それを売りにしてビジネスを行なっています。特にアジア地区は80%ほどがモバイル機で占められています。逆にメインストリームのノートPCは、中国製PCなどが価格を売りにしてシェアを広げており、我々の製品はプレミアムの高品質なモバイル機が中心です。これは北米でもそうですし、欧州でも同じ傾向があるのです。こうした市場背景があるため、小型・軽量のノートPCを企画・商品化しやすい」

-- そうした中で、今回のFMV Qシリーズは、LOOX T、LOOX Pといったシリーズとも、ある切り口では競合する製品と言えます。FMV Qシリーズという企画の意図はどこにあるのでしょう?

 「ずばりエグゼクティブ向けモバイルPCです。近年はビジネスツールとしてPCを携帯する人が増えてきました。その中でも特にエグゼクティブが求める品質やスペック、機能を実現するために、あらゆる点にこだわりを持って開発をしようと考えました。また通信機能を内蔵させている点も特徴です」

-- これまでの富士通製モバイルPCは、どちらかといえば底面積を縮小する小型化の方が得意な印象を持っていましたが、今回の製品はややテイストが違うようにも感じました。

 「今回の製品は、まず欧州から企画が上がってきました。欧州からの規格とユーザーニーズに加え、日本の開発側でも近いコンセプトの製品を考えていたこともあり、では製品化しようとなったのです。それまで欧州の富士通シーメンスからの要求というと、とにかく価格。安くて壊れなければいいという合理主義で、外見のデザインなど全く無視してもいいというものでした。ところが、今回は見た目や形にこだわりたいと欧州側も言う。それだけモバイルPCに求めるニーズ、ユーザー層が変化してきたのでしょう」

-- 通信機能に関しては、具体的にどのような対応を行なっているのでしょうか?

 「UMTS(Universal Mobile Telecommunications System。欧州の3G携帯電話システム)とGSMに対応する高速通信カードをPCI Expressカードとして内蔵させています。WAN通信カードの内蔵はなかなか大変なのですが、エグゼクティブ向けにモバイル機を売り込むためには、通信機能が鍵だと思っています。幸い、我々にはH"inでの経験があったため、最初から苦労するポイントがわかっていました。UMTS内蔵PCはいろいろなメーカーがコンセプトを披露していますが、実際に製品化したのは我々が最初だと思います」

-- 欧州の携帯電話キャリアと協力して販売していくのですか?

 「欧州のPC部隊にシーメンスで携帯電話をやっていた人物がおり、うまくT-mobileやボーダフォンとビジネスの連携を取ることができました。ただしH"の時とは異なり、UMTSではSIMカードが利用できます。バッテリ装着部裏にSIMカードスロットがあり、そこにSIMカードを挿入することで通信が可能になる仕組みです。UMTSあるいはGPRSに対応している通信会社のSIMカードならば、どれでも利用することが可能です」

 「こうした製品が受け入れられるための鍵は、携帯するPCのネットワーク接続速度がMbpsオーダーになることです。Mbpsになったとたんに、アプリケーションの幅が拡がります。今年始まったWiBro(WiMAXの韓国版)も、韓国ではかなり流行しているようです。LOOX Pの韓国版にはWiBroカードを添付しているのですが、ブロードバンド経由でTVを見ています。ビジネスでもコンシューマでも、モバイル環境での通信速度がアプリケーションを大きく変化させます」

-- 日本でも高速のWANに接続する通信カードを内蔵させるつもりなのでしょうか?

 「もちろん、通信機能内蔵を見据えての発売です。我々だけで何とかなるものではなく、携帯電話キャリアの戦略や考えにも依存しますが、ハードウェアとしては携帯電話のカードやアンテナを内蔵させるための仕掛けは盛り込んでいます。携帯電話キャリアが機器内蔵のWAN通信機能向けにサービスを開始すれば、いつでもそれに対応できる状態です」

●日本だからこそ作れる製品を

-- 日本で販売するモデルは、どのようなハードウェア構成になるのでしょう?

 「欧州からのニーズで設計したFMV Qシリーズですが、当初より日本で販売することを強く意識して設計しました。販売は企業向けチャネル(個人でもWebからの発注は可能)のみですが、たとえばメモリは最大1GBの構成が可能なようにしています。薄型の光学ドライブ付きドッキングステーションもありますし、最大60GBまでHDDを選択できます」

-- HDDの60GBは、やや少なく感じるユーザーもいるのでは?

 「企業向け、特にエグゼクティブ向けとしてとらえた場合には20~60GBで十分です。確かに個人用途では80GBが欲しいかもしれませんね。ただ1.8インチHDDの80GB版は入手性が悪いため、今回のモデルには用意していません」

-- 製造は島根工場で行なっているのでしょうか?

 「今回の製品に限らず、国内、アジア地区、北米へ出荷する製品のほとんどは島根で製造されています。ODM製品も5%ほどありますが、それらもコンポーネントレベルで日本に入り、島根で組み立てられています。確かに日本はコストが高い。しかし、“クオリティが高い”ことが企業イメージとして定着していれば、それらは決してトータルでマイナスとは思いません。返品コストやブランドイメージを考えれば、国内での製造に特化する方が良いと判断しています」

-- 実装面でもっとも大変だったところというとどこでしょう?

 「まずは基板ですが、パーツの実装間隔をギリギリまで詰めています。通常の実装マシンでは、これだけ密度の高い部品配置は不可能でしょう。また、基板縮小のために貫通ビアの6層基板の両面を2層ずつビルドアップした10層基板としています。FMV Qシリーズの場合、部品の高さ制限が厳しく、ほとんどを表面に実装しています。効率よく部品をコンパクトに配置するために、こうした設計が不可欠でした」

 「またQFPチップの足の半田付けを工夫して、チップ実装に必要な面積を2~3割削減しています。半田がQFPの足の外に拡がらない方法なので、チップ部品をすぐとなりに配置できます。カムコーダなどではよく使われる手法ですが、PCではやらない方法です。筐体への応力で基板が曲がり、足が外れたりしないよう、徹底的なテストを行なった上で導入まで持ち込むことができました」

-- 軽量化の面ではどうでしょう? これだけ底面積が大きな機種ともなると、1kgを切るというのはとても難しいはずです。

 「あらゆる部品に関して、少しでも軽くならないか、あらゆる手を尽くしています。たとえば、冷却ファンをアルミではなくマグネシウム合金で作っています。これで軽量化できる分は、たったの1gですが、1gの積み重ねが全体の重量を軽くします。このほか、ヒンジ部分をステンレスではなくチタンで作るなど、贅沢な材料を使って軽量化を実現しました。さらに液晶裏のパネルやシャシー部分のマグネシウム合金を、カッターで切削して重量を調整しています」

-- カッターで削るというと、具体的にどのように?

 「今回の製品は事業部長(五十嵐氏)から、“市場に1kgを超える製品が出回ったらクビだ!”と脅されていました(笑)。今回の筐体は0.55mmのマグネシウム合金を採用していますが、これを複数の同心円を描くように0.45mmまで削っていくんです。これにより液晶裏のパネルだけで最大10gぐらいは軽くなります。実際には、製造上の個体差で重量に違いが出てきます。そこで1枚ずつ重さを計量し、いくつの同心円をカットするのかを決め、それぞれの重量が均一にすることで通信カード込みでも、すべての出荷した製品が1kgを切れるようにしています」

LIFEBOOK Qシリーズに搭載されている基板 基板裏面 シャーシにも軽量化/薄型化のための工夫がみられる

-- 強度面での問題は出ないのでしょうか?

 「強度に関しては静的な圧力で200kgfまで耐えられます。液晶部分はLEDバックライトということもあって薄いのですが、これを緩衝材でフローティングマウントしており、液晶への応力がかかりにくいため、見た目からは想像できないぐらい丈夫です。ただ、欧州モデルは外装塗装がピアノブラックのため、液晶裏のパネルを削ると、削った部分の塗装にムラが出てしまうんです。そこで、どこまで削っても大丈夫かを徹底的にテストしました」

-- 話を聞くほど、よくこんなものを量産モデルとして作ったものだという感想を持ちます。

 「我々はDellやHPとは何が違うのか? その答えを見つけなければ、PCベンダーとして将来もやっていくことは難しいでしょう。自分たちがPCベンダーであり続けるには、富士通が製造するPCの価値を高めなければなりません。デスクトップPCの分野では、デジタルTV化という取り組みを行なっていますが、我々ノートPCの開発部隊が富士通の持つ付加価値として育てたいと思っているのが“モビリティ”です」

 「富士通は自社で設計・製造を行なっています。開発の現場から見ると、実はライバルはDellやHPではなく、DellやHPが外注している台湾の大手ODMベンダーなんですね。では台湾のODMベンダーが得意なものとは? 彼らが不得手としていて、自分たちが得意な分野とは何だろうか? 」

 「モバイル機に力を入れる理由は、台湾メーカーには出来ないことを自分たちがやろうとしているからです。薄い、軽い、使いやすい。そういう部分にこそ、富士通がノートPCを作る意味があります。今回の製品を開発するにあたっては、部品ベンダーなどにも賛同をいただいて、さまざまな新しい部品が使われています」

 「ただし携帯性だけでよいのか? と言えば、携帯性だけでPCが売れるほど甘いとも考えていません。携帯性を高めた上で、WANのブロードバンド化という波に乗ることで、モバイルノートの市場性、付加価値を高められるのではという考えもありました。今回、欧州で最初に製品を発表した理由も、ブロードバンドのWAN機能を内蔵させやすい市場環境があったためです」

-- 日本のPCベンダーは今後、製造分野に踏みとどまることができるでしょうか? 一部にはブランドバッジを活用するマーチャンダイズカンパニーを目指しているように見えるメーカーもあります。富士通はそうはならないという意思表示でしょうか?

 「単に商品を企画し、ものを取引するだけの会社にはなりたくもありませんし、決してそうはならない。それが富士通という会社です。そもそも、僕らは純粋にエンジニアの会社なんだと思いますよ。モノを持ってきて売るだけではおもしろくありませんし、モチベーションにもなりません。自分たちで作ったものを売りたいし、いつまでも作り続けていきたい。だからこそ、もの作りを続けられるためにも、いろいろな工夫をしています。それはこれからも変わらないでしょう」

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【4月13日】富士通、厚さ2cmを切る985gの企業向けノートPC
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0413/fujitsu.htm

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(2006年4月14日)

[Text by 本田雅一]


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