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コンテンツの元気、デリバリーの憂鬱




 大量配布されることを前提に作られるコンテンツは、その複製とメディアのすげ替えが繰り返し行なわれる。映画やTVドラマはビデオパッケージになり、新刊書は文庫本になる。もちろん、衣替えのたびに、制作側はその対価を得る。むしろ、何度かの衣替えを前提にコンテンツが作られるといってもいい。それが元気なコンテンツだ。

●まだまだ映画を見たがっている

 映画『宇宙戦争』を見てきた。公開初日で、しかもレディースデイということもあったのだろう、いつもは特に混雑を感じない平日の昼間なのに、ぼくがでかけたシネコンは異様な混みようだった。全席指定なので、座席の確保については心配する必要はなかったが、カウンターの長蛇の列に並び、チケットを購入するころには、いつも座るようなお気に入りの座席はすべてソールドアウトだった。

 今週は、『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』も公開されるし、いわゆる1,000円で見られる映画サービスデーもからむので、週末はたいへんな騒ぎになりそうだ。こういうのを見ていると、映画はまだまだ強力なコンテンツとして君臨しているのだなと思う。

 ないしょだけれど、ぼくは、映画館でスター・ウォーズを見ていない。だから、今回は、VIRGIN TOHO CINEMAS 六本木ヒルズが企画した「"イッキミ"スペシャル2005」というのにでかけることにした。朝の9時から夜の23時30分まで、約14時間かけて、エピソード1からエピソード6までの6本を一気に見るというものだ。ルーカスフィルムの意向により、時系列ではなく、公開順での上映だそうだが、まあそれはそれで納得できる。

 上映されるのは、同シネマの7番スクリーンで座席数は652席ある。インターネットから予約ができるが、予約受付開始の夜、申し込み中にシステムがダウンしたそうで、ぼくも、せっかく確保した席が行方不明になってしまった。幸い、翌朝、予約が再開されたので、速攻で再確保したが、そのおかげで席がとれなかった方は、きっとくやしい思いをしたにちがいない。

 この原稿を書いている時点で、すでにインターネット販売分は完売だが、窓口販売の分に多少の席が確保されているという。この企画、実は、同じ日の深夜24時30分からのものもあって、こちらは終わりが39時30分、すなわち、翌日の昼間15時30分までかかる。さすがに、こちらは、まだまだ席に余裕があるようだ。

●見たい映画を探す紙版検索エンジン

 ぼくが東京に出てきたのは1977年。あのころ、東京には、今よりも、ずっとたくさんの映画館があったと思う。今は、シネコンがあるので、スクリーン数や座席数という点では微妙だが、私鉄の沿線でも急行が止まるような駅にはそれなりの小屋があった。少なくとも、ぼくが行動していたテリトリーではそうだったように思う。

 ちょっと気になって調べてみたら、1977年当時のスクリーン数は2,420、2004年にはそれが2,825となって、微増している。でも、そういう印象はあまりない。スクリーン数は1960年の7,457をピークに年々減り続け、1994年に1,758まで落ちているが、1995年以降、シネコンの登場で、再び、カーブが右上がりに転じているのだ。

 いずれにしても、かつて、映画は一番館で封切られ、しばらくすると二番館に落ちてきて、最終的には2本立て、3本立て館で上映され、そのあと、しばらくするとTVで放映された。あるいはTVで放送された映画が、場末の映画館にかかることもあった。当時はまだ、一般市民が買えるホームビデオデッキなどなかったし、当然、レンタルビデオショップもありえなかった。だから、映画は映画館で見るか、ずっとあとになってTVで見るかどちらかだったのだ。

 とにかく、あちこちで新旧取り混ぜいろんな映画をやっているということは、東京という大都会に出てきて驚いたことの1つだった。小さな小屋が1つ、しかも、封切りから半年以上遅れて、限られたタイトルが上映される程度の映画館しかなかった街で高校生までを過ごしたぼくにとって、この東京の環境はカルチャーショックに近かった。そんな街でも、もっと幼いころには、2つの映画館があったのだ。それだけ映画が身近なコンテンツだった時代の話である。ちなみに、今、ぼくが育ったその街には、すでに映画館はない。

 たくさんの映画をやっているということは、それを探す術が必要になる。今でいうところの検索エンジンで、その役割を果たしていたのが雑誌『ぴあ』だった。同社の沿革を見るとわかるように、同誌の創刊は1972年で、ぼくが東京に出てきた1977年には、すでに、東京の『今』を知るために欠かせない情報源として君臨していた雑誌だ。その後、同誌は1979年に隔週刊に移行、1990年には週刊に変更されている。

 今も、映画関連のサイトはたくさんあるし、シネコンなどは、自前のウェブサイトも運営している。でも、そこで得たい情報は、お目当ての映画が何時から始まるのかであって、どこで、どんな映画をやっているのかではなくなってしまっている。シネコンの系列はいくつもあるが、どのシネコンでも、基本的に上映ラインアップはほぼ同じだ。

 ところが、あの時代、二番館以降は、映画館ごとに番組編成が異なり、見たい映画は意外と簡単に見つかった。『ぴあ』のページをめくれば、見たい映画がほぼ確実に見つかり、ちょっと電車に乗ってでかければ、目当ての映画が見られたのだ。ちなみに当時の電車初乗りは60円、映画は300円出せば見られたと記憶している。

●再放送はいつまでも繰り返されない

 絶版、廃盤になってしまう書籍やCDと同様に、映画は、そのうち見ようなどと、ちょっと油断しているとアッという間に公開が終了し、DVDでしか見られなくなってしまう。

 たとえば、この原稿を書いている時点で、レンタル大手のTSUTAYAでは『ボーン・スプレマシー』がレンタルの1位にランキングされているが、この映画を今日時点で見ることができる映画館は日本のどこにもない(かろうじて7月4日から世田谷の下高井戸シネマで1週間レイトショー上映される)。

 この映画の公開は今年2005年の2月11日だったが、半年たたないうちに公開が終了してしまっているわけだ。もっと短い期間で公開が終了する映画もたくさんある。今、公開中の『バットマン・ビギンズ』がおもしろかったからといって、映画館では『バットマン』、『バットマンリターンズ』、『バットマン・フォーエヴァー』、『バットマン&ロビン/Mr.フリーズの逆襲』を見ることはできないのだ。そういう意味では『スターウォーズ』の“イッキミ”は希有なサービスであるといえるだろう。

 数百円でレンタルできるDVDは、かつての三番館、四番館を代替しているということになるのだろう。値段的な感覚も近い。もちろん、下高井戸シネマのように、独自の番組編成で、優れた映画を半年~1年程度遅れて上映している熱心な映画館もあり、映画ファンには貴重な存在だ。ぼく自身も、見損ねていた映画は、そういうところで見るようにしている。

 インターネットは今、そのレンタルDVDに続く、三番館四番館の地位に甘んじている。映画というコンテンツに頼る以上は、決して封切館にはなり得まい。けれども、TVはかつて、映画に頼るフリをしながらも、併行して独自コンテンツ封切館の地位を確保したのだ。

 そろそろ今週あたりから7月期の新作ドラマが始まるが、TVでは鑑賞料を取るという映画館のビジネスモデルとは違い、広告ベースで予算を確保し、視聴者は15分おきに挟まるCMさえ見れば無償で新作ドラマを楽しめる。そして、評価が高かったドラマは、繰り返し再放送が編成されるし、DVDのパッケージも発売される。でも、再放送にしたって永遠に繰り返されるわけではないし、DVDもある程度の期間を経たあと廃盤になる。だから、今、目の前で放送されているドラマを10年後に見ようと思っても、見ることができない可能性は高い。

 年に何度借りられるのかわからないようなマイナーで古いタイトルに棚を占領されているよりも、人気のタイトルを置いておいた方がレンタルショップは儲かる。商圏が限られている郊外のレンタルショップならなおさらだ。そういうことに、すでに気がついたところはツタヤディスカスのように、宅配DVDレンタルショップを始めている。これならまさにオンデマンドでタイトルをレンタルすることができるから無駄も少ないし、一等地にショップを構える必要もない。

●インターネットは理想の一次配信メディア

 インターネットは、TVや映画のように新作の封切りができる、しかも、鑑賞料ベースでも広告ベースでもそれができるメディアであり、宅配DVDレンタルのようにオンデマンドで新旧の作品を提供できるメディアでもある。特に、ブロードバンドの普及によって、コンテンツデリバリーのためのメディアとしては、DRM関連の付加機能を含めて理想的な存在だ。

 レンタルビデオショップに肉迫するところまではたどりついたとは思うが、未だに一流の一次配信メディアになりきれていないのははがゆい。楽天イーグルスの会員限定ライブ中継『スーパーインターネットクラブ』などは少数派だ。まずはスキマ狙いで成功し、少しずつメインストリームへと移行していくのだろうが、ちょっと時間がかかりすぎているような気もする。

 でも、インターネット出身のドラマがTVの人気ドラマを脅かす日は必ずやってくる。2時間程度の1本の新作ドラマを1,000円払ってでも見たいと思うくらいに魅力的な番組が迷うくらいに並んでいるのを想像してほしい。1本のタイトルを100万人が見れば10億円の興行収入だ。決して夢のような数字ではないと思う。

 そして、10億円の興行収入があれば、映画でいえば年間ベストテンの20位に匹敵する。日本映画制作者連盟の資料によれば、昨2004年、映画の平均入場料金は1,240円だったそうだから、その半額で倍の視聴者を得られればいいことになる。

 いうのは簡単だがとても難しいのだろう。でも、インターネットでのオンデマンド配信は、TV放送と違って、野球延長もなければ、録画の失敗もない。裏番組とのバッティングもありえないから、裏番組同時録画なんて機能もいらない。そもそも好きなときに楽しめるのだから録画する必要はないのだ。そういう日がすぐそこにやってきていることをぼくは信じたい。

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(2005年7月1日)

[Reported by 山田祥平]


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