X20からX30への進化

~ ThinkPad X30開発陣に聞く ~

 本サイトでもThinkPad誕生10周年を記念した記事がいくつも掲載されたが、ThinkPadの最も直近の名機と言えば、X20シリーズではないかと個人的には考えている。12.1型XGAのスクリーンに、操作性と携帯性、剛性のバランスが取れた筐体、手元に来る熱の少なさ、Type2 CFスロットの装備など、現在のB5ファイルサイズノートPCのスタンダードとも言える製品だと思う。
 そのX20系列を引き継いだ、新しい筐体を持つX30シリーズ。その製品企画、設計、開発担当の各氏に話を伺いながら、X30の実像を追ってみたい。(取材日:2002年10月10日) [Text by 本田雅一]
 
 
基本はキープコンセプトだが、新筐体ならではの機能も

 X20シリーズはフルサイズキーの560/570系の操作性を維持しつつ、高い携帯性や堅牢製、当時は珍しかったCFスロットの装備など、非常に完成度の高い製品だった。デザイン面でも、角張った製品が多かったThinkPadシリーズの中で、サイドのラインなどひときわエレガントなラインを醸し出していたように思う。

 この製品をフルモデルチェンジしなければならない担当者は大変だ。そう思ったのは僕だけではないと思うが、開発陣自身も、やはりやりにくさは感じていたのではないだろうか?

ThinkPad X30 インタビュー風景

 開発チームとマーケティングチームの間の窓口となるX30の製品企画担当は「確かにX20シリーズの顧客からの反応はとても良いものでした。ですから、X20系列の基本的なコンセプトはそのまま維持しています。しかし、満足度の高いX20シリーズに対しても、いくつか顧客からの要望がありました。パラレルポートの装備、ドッキングステーション(IBMではスライスと呼んでいる)のポートリプリケータ機能、バッテリ持続時間の改善、そしてフットプリント(底面積)の縮小です」と話す。

 パラレルポートの装備は日本市場ではなく、主に欧州市場からの要求が大きかったようだが、出張で海外にPCを持ち出すユーザーは、出先でパラレルプリンタしか利用できないケースもある。また、パラレルポートにハードウェアキーを装着しなければ利用できないソフトウェアも存在する。洋の東西を問わず、すべての人にメリットがある部分である。

X24の上にX30を載せたところ。X30にはパラレルポートが復活した ポータブル・システムズ 技術企画の齋藤千鶴子氏。テクニカルプロジェクトマネージャを務めた PC製品企画&マーケティング事業部 PC製品企画 モービル製品グループの伊山円理氏。プロダクトマネージャーを務めた

 X20用スライス(ウルトラベースX2)には、X20に装備されていないI/OコネクタとUSBポートの増設分、ウルトラベイ2000などが装備されていたが、X20本体側にあるコネクタに関しては機能の重複を避けるために省略されていた。しかし、この形式ではACアダプタやLANケーブルなどすべてのケーブル類を接続したままにして、本体だけを脱着して持ち出すことができない。

 しかしX30用スライスのウルトラベースX3にはLANポートがスライス側にも取り付けられ、完全なポートリプリケータとして利用可能になった。たとえばACアダプタを含め、各種レガシーインターフェイスやEthernetなど、すべてのワイヤリングをウルトラベースX3に集中させておける。

 またウルトラベースX3に装着すると全体の厚みが増してしまうが、奥側に折りたたみ式の脚を配置することで斜めに設置し、結果として手前側の厚みを和らげる工夫も凝らされている。

ウルトラベースX2の上にX30のウルトラベースX3を載せたところ。ウルトラベースX3にはUSBやD-Sub 15ピン、Ethernetなど、本体のポートのほとんどが搭載されている ウルトラベースX3ではチルトスタンドを立てて、キーボードに傾斜をつけることができる

バッテリ構成を柔軟に

 もうひとつの要素、バッテリ駆動時間に関しては、バッテリを入れ替えることなく、時間延長することが求められていた。X20シリーズは標準でシリンドリカルの6セルバッテリを備えるが、さらに大容量のバッテリは搭載できない。

 そこでまず、くさび形の拡張バッテリを装着可能にした。拡張バッテリは従来から底面に配置されていたドッキングコネクタ(スライスやThinkPadドック、ポートリプリケータとの接続に利用)を経由して本体と接続されている。

 しかし、このコネクタがクセ者。元々、A20、T20向けに開発されていたコネクタだけに、そもそもスライスとの接続を考慮していなかった。そしてさらに今回バッテリを追加したわけだが、コネクタのピンに空きがなかったため、バッテリをサポートするデバイスの時、従来とは異なるモードで動作するようになっているという。

 ドッキングコネクタが拡張バッテリをサポートするようになったことで、ウルトラベースX3に拡張バッテリを装着することも可能になった。このときに装着するバッテリは、X30標準の6セルバッテリと全く同じもの。2本目の標準バッテリを充電するためのスロットとしても、便利に使えそうだ。

くさび型の拡張バッテリ。本体底面のドッキングコネクタに装着する 拡張バッテリを取り付けたところ ウルトラベースX3の底面には本体用バッテリを取り付けることができる

 一方、消費電力削減に関しては「よりきめ細かく制御することを地味に積み重ねるしかないんです。考えられる電力を削減できることはすべて取り入れました。CPUの省電力機能は、DeeperSleepを含めてきちんとすべてを使い切っています。とは言うものの、パフォーマンスに影響を与えてはいけませんから、その範囲内で省電力化を行なうわけです」と話す。

 また熱処理との相関関係も指摘する。「省電力制御に関しては、新しいX30だからどうだというのはありません。すべてが少しづつの積み重ねなんです。(ユーティリティの)バッテリマキシマイザも進化しました。また、冷却ファンは意外にバッテリを消費するものです。なるべく回らないようにしなければなりません」。

 現在のPCの回路上で使っている部品は、どのPCベンダーでも変わらないものだ。もちろん、ThinkPadも例外ではない。しかし「抵抗1本にしても漏れる電流をいかに減らすか」に拘るかどうかで、バッテリ持続時間に変化が出る。その上、日本IBMでは採用するコンポーネントのベンダーと協業し、デバイスドライバの担当者が各デバイスの省電力化を進める努力もしているという。さらには、最新である2.2A・時のバッテリセルも採用した。

 こうした作り込みが、プロセッサパワーをアップさせながらバッテリ駆動時間を延ばした背景にはある。

ポータブル・システムズ 機構開発 機構設計の加藤勝利氏。基板以外の全てを担当 ポータブル製品 第二ポータブル製品の枝沢 徹氏。システム設計リーダーを務めた

ユーザーニーズの反映と快適性の死守

 X30を完成させるまでのもうひとつの戦いは、フットプリント(底面積)の縮小、パフォーマンスや拡張性への要求、それに快適性の三要素をバランスさせることだった。もっとも、X30ではグラフィックスチップがディスクリートからチップセット内蔵型になり、フットプリントを縮小したとは言っても、全体ではそれほど小さくなったわけではない。素人目には、それほど大変なことのようには見えなかった。

 「これが簡単ではないんです。12.1型クラスではフットプリントは最も小さい。従来よりも横幅で6mm、奥行で3mm詰める必要がありました。またユーザーからの声を反映して、オンボードメモリを廃止してSO-DIMMの2スロットにしています。またこのクラスのトレンドを考えると、通常電圧版のモバイルPentium III-Mを入れなければならないですし、その先の2年間に登場するプロセッサも考慮しなければならない。レイアウトの自由度はX20の設計当初よりもずっと狭まっています。正直言って、最初は通常電圧版なんて入らないと思っていました」と、開発の過程を振り返る。

X30のマザーボード(上面) X30のマザーボード(底面) 左がX24の内部、右がX30

 その背景として、こまれまでのThinkPadシリーズで堅持してきた“快適性”の追求がある。X20シリーズを所有した事のある読者ならばおわかりだろうが、X20シリーズは冷却ファンの回転が抑えられ、かつキーボードやパームレストから漏れる熱が少ない。使っていて手のひらが熱くなることがないのである。

 「実際のところコンパクト化を進めるには、ある程度、冷却に使える容積を削るしかありません。しかし騒音に対する基準はX20シリーズよりも下げるわけにはいきませんから、ファンの回転数を上昇させることはできない。これは従来機でも同じなのですが、局部的に発生する熱を、筐体内の各部に分散させ、一カ所に集中しないように様々な工夫が行なわれています。吸気部分からヒートシンク、排気部への空気の流れなどをトータルで考え、その中で騒音に関しても考慮するわけです。たとえば吸気部のルーバー形状ひとつで、空気の流量は大きく変わります。騒音も軽く数dBは変わってきますよ」。

 その結果、X20系の筐体では通常電圧版のモバイルPentium III-Mを、最終モデルで搭載するのがやっとの状態だったのが、X30では今後登場するプロセッサが熱設計でより厳しくなることや、グラフィック、チップセットの熱が大きくなるだろうことも含めて吸収しきれるほどの“余裕”を確保できたそうだ。

X30の冷却ファンモジュール 下がX24、上がX30。右側に廃熱孔が見える。ルーバー形状の違いに注目

ThinkPadのアイデンティティを守る剛性とキーボード

 X30のスペックを見て“代わり映えがしない”と考えていたのだが、実際にモノを手にしてみると、何とも“固い”しっかり感を感じた人もいるのではないだろうか。いや、日本IBMには失礼ながら、僕自身もそう感じるのだ。デザイン的にも、どこか男性的な直線的フォルムとなったX30だが、実際に製品を手に取っても、同じようなことを感じる。

 とは言うものの、もう少し軽くはならなかったものだろうか? X20からすでに2年以上が経過しているのだ。

 この点については「X30では熱設計に余裕を持たせましたから、そこでの重量増加はあります。基本的に熱伝導の良い材料は、比重が重いものなんです。X30の場合、冷却コンポーネントはアルミと銅のハイブリッドになっています。モバイルノートPCでも、よりパワフルなものが欲しいという要求は強いため、この部分での重量増加は避けられません」と話す。むしろ、重くなってない事を褒めるべきなのだろうか?

 「もちろん軽量化を怠っているわけではなくて、部分的に穴を開けるなどの処理は行なっていますよ。でも数十gなんて、すぐに重くなるものなんです。筐体はコストもそうですが、ワールドワイドの各生産拠点で同一品質の製品を生産できる必要があります。X30では0.8mm厚のマグネシウムボディを採用しています。(もっと薄いマグネシウムもあるが)これが品質面の安定とコストを考えるとベストです。また丈夫さも必要ですから、補強リブにステンレス素材を組み込みました」。

 キーボードに関しては、パッと見た感じでは色分けとブラウザキーの追加以外、目立った違いは感じられない。しかし、タイピングし始めてみると随分と打ちやすい。開発陣によると「キーボードの幅はこれまでと全く同じですが、奥行きが大きくなりました。さらに剛性のアップも図られています」とのこと。

 インタビューではキーボードについて、特に詳しく話は訊かれなかったのだが、僕自身が実物に触れて一番気に入ったのがキーボードである。多少重めのタッチはそのままだが、自分で所有していたX21よりも抜けが良く剛性感がある。また奥行きが大きくなったことで窮屈さが全くなくなった。最近は小型化とコンポーネントレイアウトの自由度確保のため縦方向のキーピッチを詰める製品が少なくないが、操作性を犠牲にしないためにあえて縦方向を伸ばしたところに、他製品とThinkPadの設計方針の違いを強く感じる。

X30のキーボード(右)。X24のキーボード(左)よりも奥行が長い ポータブル製品 第二ポータブル製品の田保光雄氏。エンジニアリングマネージャーを務めた ENG・SW 第二エンジニアリングS/Wの岡 賢治氏。エンジンソフト(BIOS)を担当

 より薄く、より軽くしなければ、店頭売りのモバイルPCはなかなか認められない傾向がある。バランス的に優れた作りになっていても50g重いと敬遠されるといったことが、実際に量販店では起きている。

 そうした時流に乗らず、ワールドワイドのビジネスユーザーからのニーズを吸い上げて作られたX30は、他の12.1型液晶採用モバイルノートPCとは異なる大人の仕事道具として進化した。仕事で使うモバイルPCを探しているビジネスマンは、軽量薄型とは別の分野として新しいXシリーズに注目してみてはいかがだろうか?

 なお、このインタビューとは別に液晶パネルの担当者とも話をする機会を後日持つことができた。液晶パネルの輝度や色およびトーンカーブなどの特性はX20シリーズの時と全く同じとのことだが、X30では表面のアンチグレア処理を少し弱めにしたという。これにより、低輝度時の見え味が大きく改善している。もしX20シリーズのユーザーならば、店頭に自分のPCを持ち込んで、同程度の輝度で比較してみることを勧めたい。

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【11月5日】日本IBM、拡張バッテリに対応したThinkPad X30
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/1105/ibm1.htm
【10月8日】写真で見るThinkPad 10th Anniversary Limited Edition
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【8月28日】米IBM、B5ファイルサイズノートPC「ThinkPad X30」を発表
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0828/ibm.htm
【9月12日】これがBaniasプラットフォームだ
~Banias搭載のThinkPad X31などが公開
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0912/idf04.htm

(2002年11月14日)

[Text by 本田雅一]


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